我が部落、稲作をしている家はもう4~5軒になってしまった。引っ越してきた頃はもう少し多かったが、年々耕作面積も狭くなり、ちょっと寂しい。稲刈りの様子を見ても老夫婦2人か、主人1人でやっている様子。作付けにも限界があろう。それでも、刈った稲は機械乾燥はせず、はさがけして天日干しされる。これで米の味が随分違うという。写真は隣の部落の様子だが、昔ながらのなんとも風情ある景色である。
毎年このお米を少しだけわけていただく。品種はコシヒカリ、粒はちょっと小さめだがとても美味しい。他にもち米も作っているようで、季節ごとの行事では赤飯を炊いたものをわけていただく。房総には「長狭米」というブランドがあるが、これも品種はコシヒカリである。さすがに稲作をやろうとは思わないが、せめて地産地消をと、マーケットでも地元の米を買って食べている。
稲刈りは日本各地で普通に見られる風景かもしれないが、米を作るということ自体が大変な作業の積み重ねで、昔の親子三世代の大家族から核家族化が進んで、稲作を続けることが次第と難しくなってきているのだと、目の前の田んぼの様子を見ながらひしひしと感じさせられる。農業は難しい。
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